今年もやってきました、ベンガル人ヒンドゥーの最大の祭、ドゥルガー・プジャー。
インドのみならず、東京はじめ世界のいろんなところでやってますが、ちゃぱなんのいる米マサチューセッツ州でもご多分に漏れず、開催されました。
マサチューセッツはニューヨークやカリフォルニアなんかと比べるとベンガル人ヒンドゥーの数はすごく少ない(州内に2000人弱とか言ってたかな?)ので、祭りも比較的こぢんまりとしています。
ボストンから車で1時間くらい離れた片田舎の高校を借り切って行われたんですが、昼過ぎぐらいにちゃぱなんが会場に着いたときには、まだ十数家族ぐらいしか来てなかったんですよ。
えらく寂しい祭りだなあ、と思っちゃいました。
それが、食堂でランチが配られる頃になると、いきなり人が集まりはじめて、気がつくと会場は満員。どこに行っても現金なもんです、ベンガル人は。
最初に出されたものは、果物、ジリピとハルワの前菜。
これらは、午前中、ドゥルガー神の像に供えられていたものです。
最初は、「昼飯、これだけかよ」と思ってがっくりしてたんですが、その後、子供用の野菜カレーと大人用のキチュリ(米とダールを混ぜて炊いた雑炊のようなもの)が出されてほっとしました。
お祭りとかピクニックのときとかの炊き出し料理としては定番のベンガル料理です。
混ぜる米とダールの比率とか水っぽさとかが地方とか家庭ごととかでも違うようなんですが、割と作り方が簡単なので、ちゃぱなんは昔よく作ったものです。
・・・さて、食い物のことばかり書いてますが、そもそもこのお祭り、ベンガル地方では「最強の女神」とされる、シヴァ神の妻ドゥルガーの祭で、祭りにおいては、必ず、ドゥルガーの像が飾られます。
本場インド西ベンガルでは、博多祇園山笠における飾り山の如く、地元の名士たちが寄付を募ってそれぞれ趣向を凝らしたドゥルガー像をジオラマっぽく飾ったりするのですが、ここマサチューセッツにおいても、現地実行委員会が寄付を募って像を作ったそうです。
このプジャーの参加費は一定額以上の寄付となっているんですが、1世帯170ドルとか払うんですよね。結構取られるもんです。
ちゃぱなんはビジターなので20ドルですが。
午後になると、ご神体の前で女性たちが集まって、バラモンの祈祷を受けたり、額やほっぺに「シドゥール」と呼ばれる赤い染料を付け合ったりします。
本当は、こういうヒンドゥーの祭りには色んなしきたりがあって、ご神体は祭りの後、鐘楼流しみたいに川に流されたりするわけですが、こちらではどうもそういうわけにはいかないようですね。
川に何かを流したりするのは、環境保全の関係でむずかしいようです。
まあ、最低限のしきたりを守りながら祭りを執り行うということで、ご祈祷に不可欠なガンジス河の水は、実行委員会の役員の誰かがインドから持ってきたそうです。
祭りは盛況ではあったんですが、せいぜい田舎高校の食堂が一杯になるくらいで、マサチューセッツのベンガル人ってホントに少ないんだな、と思っていたら、どうも同州には分裂したもうひとつのベンガル人団体があるんですって。
どっちが多数派なのかはしらないけど、どこにいってもいざこざで分裂するのがいかにもベンガル人らしいというか。
ちゃぱなんにとっては、2ヶ月ぶりに思う存分ベンガル語を話す機会を得てラッキーでしたが、やっぱりボキャブラリーが減ったなあ、と思いました。
まあ、相手がみんなインドベンガル人だったから、バングラデシュ言葉がぽろっとでてこないように気をつけてた、ってのもありますけど。
海外に行っても、宗教祭事をキッチリ守るインドヒンドゥの人たちって、まず間違いなくバングラデシュ人を見下してますからね。
とにかく、ひさしぶりにベンガルの雰囲気を満喫しました。
次は来年のサラスワティ・プジャーですな。
アメリカでもプジャを見学しに行くバイタリティ。
さすがです!!
こちらもベンガル語のD先生の案内のもと、彼の
出身地であるモグラのプジャをデングの先輩であ
るNさんご家族と見てきました。
楽しかったのですが、乳幼児を抱えたバングラ国
内旅行は結構大変だという事がよくわかりました。
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