【週刊ちゃぱなん】第8号 街で乞食に出会ったら・・・

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        第8号: 街で乞食に出会ったら・・・
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      ○【エッセイ】街で乞食に出会ったら・・・○
         ○ベンガル語ひとことフレーズ○
           ○今日のおすすめリンク○
             ○今週のクイズ○
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■【エッセイ】街で乞食に出会ったら・・・■■■■■■■■■■■■■

 街で乞食に出会ったらどうします?

 家を持たず、路上で生活し、街を行きかう人々に小銭を乞う人々、時と
して盲目であったり、片腕がなかったり、足がなかったりする人々、そし
て何よりも学校にもいけず一生を路上で過ごすかもしれない子供たち・・・
彼らを見て心を痛めない人はいないでしょう。無論ボクもです。

 街で彼らに出会った時、皆さんは少なからず、自分たちの生活水準から
あまりにもかけ離れた彼らに対する「罪悪感」のようなものとの葛藤を経
験されていると思います。自分のポケットの中にじゃらじゃら入っていて、
なくなっても特にこまらない小銭を呉れてやるかどうか。

 ・・・その「罪悪感」が今日のポイントです。ボクはこんな風に考えま
す。

 バングラデシュであれ、日本であれ、国民の最低限の生活水準を保障す
るのは、政府の責任です。路上生活者たちのための施策が不十分であると
考える場合には、政府の路上生活者に対する施策を支援することが必要な
のであって、街で出会った乞食に数タカを恵むことは、残念ながらこの巨
大な問題の解決にはなんら寄与しません。

 そう、目の前の乞食に恵むかどうか、という問題は、路上生活者を救う、
ということよりむしろ自分の優越した立場に対して感じる「罪悪感」を減
らすことができるかどうか、という内的な問題に過ぎないのです。

 乞食がよく「ボクシーシをくれ」といいますが、「ボクシーシ」が仏教
用語として「喜捨」という日本語になっています。文字が示すとおり、
「喜んで捨てる」、すなわち、自分の気のすむだけあげる、ということな
のです。2タカ3タカ恵むことによって自分の罪悪感が軽くなるならあげ
ましょう、ということです。バングラデシュでは、乞食を「フォキール
(行者、托鉢僧のようなもの)」といみじくも訳したりします。恵むは人
のためにあらず、といったところでしょうか。

 しかし、このバングラデシュにおいては、ことは恵むか恵まないかが
50/50のチョイスとなるほどシンプルな問題ではありません。近年都
市部で急増している路上生活者がダッカ市内の主要幹線道路上で何人も停
車中の車に群がることがあります。そんなときに、車の窓を開けてお金を
恵むとかいう仏心は起こさない方がよいでしょう。面倒なことになります。
面倒なだけでなく、実際に車やリキシャに乗っているときに、バッグをひっ
たくられたり、刃物で脅されたりする所謂「ハイジャッキング」など物騒
な事件もあります。あくまでも安全が第一。

 それでも、路上生活者、特にストリート・チルドレンを助けたい、とい
う方はいらっしゃると思います。以下ご参考まで。

 ●NPOシャプラニールHP「ダッカ子供の夢基金」
  http://www.shaplaneer.org/activity/bangladesh/street_children_support.htm

 ●エクマットラHP(但し工事中・・・)
  http://www.ekmattra.org/
                      ちゃぱなん拝


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■【ベンガル語ひとことフレーズ】■■■■■■■■■■■■■■■■■

 今日の表現は、

   「デキ!」・・・「ちょっと通してください!」

 「デキ(dekhi)」、文字通り訳せば、「見ます。」という意味ですが、
たとえば人ごみに阻まれて出られないときなどに、「デキ!」といえば、
「通してください!」という意味になります。

 なぜ「見ます」が「通してください」になるのか、といえば、フルセン
テンスで書けばわかるでしょうか。「アミ・ラスタ・デキ(私は、道を見
ます)」、すなわち、人ごみで道が見えない、だから道を見せてください
→道を開けてください→通してください、となるわけです。

 簡単な表現なので便利ですが、言い方に注意。強い口調でいうと「どけ!」
みたいな感じに聞こえますので、あくまで上品に。


■【今日のおすすめリンク】■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 ●Takeshi Ishikawa, a Photographer
  {The Works on Hijra in Indian Sub-Continent.}
   -- Not Men, Nor Women --
   http://home.interlink.or.jp/~takeshii/index.htm

  インドにおける第3の性、両性具有(そうでないただのオカマさんも
  いる)のヒジュラ。写真家石川武志の写真ページです。必見。

 ●The Official Mahatma Gandhi e-Archive
   http://www.mahatma.org.in/index.jsp

  ガンディのことがなんでもわかる公式ページ。貴重な映像資料も閲覧
  できます。


■【今日のクイズ】■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

 今日のクイズは、スパイスについてです。

 次の(1)~(5)のベンガル語名に対応するスパイス名を下の(a)~
(e)から選びなさい。

●ベンガル語名
(1)ダルチニ
(2)エラチ
(3)ホルド
(4)ロボンゴ
(5)ドネ

●日本での呼称
 (a)クローブ
 (b)シナモン
 (c)コリアンダー
 (d)カルダモン
 (e)ターメリック


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ではまた来週。ごきげんよう!!


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Posted by chapananat 2005年04月25日 23:02| コメント (4) | トラックバック (0) | Clip!!

この記事に対するコメント

街で乞食さんに出会うと、本当に罪悪感との戦いで、つらいものです。今でも、どうしようかと考えてしまいます。
 最初は、毅然と「お金を渡すことが、何の解決にもならないのだから、やらなくていいのよ。あげてもボスにとられちゃうんだから。」なんて娘にも言って、理屈で罪悪感を押さえてました。
 娘が、耐えられなくなって、「やっぱり、お母さん。私はお金をあげたい。」と言い出したとき、また、考えてしまいました。
 私は、冷たい人間なのかと・・・
 
 最近は、ドライバーに細かいお金を少し渡しておいて、窓越しに「どうしたの?お母さんは?いくつなの?」とか何とかお話して、哀れに繰り返す決まり文句以外のお話を聞いて、車を出す寸前にドライバーから渡してもらったりしてます。
 これも、ただあげる罪悪感から逃れているだけですが・・・
 何の解決にもならない事は分かっていても、私はずるい人間です。

Posted by: mitaat 2005年04月27日 06:41

mitaさん、コメントありがとうございます。

南アジアに住む外国人が必ずぶつかる問題ですよね、この「罪悪感」って。自分の優越した立場に対する罪悪感を持つのは自然なことだと思うし、小銭を払って楽になりたい、という気持ちも別に悪いことではないと思います。ただ、たかが2~3タカを呉れてやって、免罪符でももらったような気になる自分が決して許せないのです。

ボクシーシは自分のため。まちがっても、ボクシーシで人を救っている、などと考えるべきではない、と思います。

Posted by: ちゃぱなんat 2005年04月27日 08:20

そうですね。渡した相手が使うお金でない場合が多いし・・
相手に対する罪悪感以前の問題で
勧誘の電話に断わりを言ったあとの後味の悪さにも似て・・。

結構、年よりは、同じ穴のムジナ感があるので相手に対しての優越感という形では感じにくいかもしれません。(年寄りに怒られる?私だけが同じ穴のムジナ?)優越感という側面では気づきませんでした。優越感を感じていることに気づかないのはもっとこわいですね。よく考えて見ます。
あげることににも罪悪感が伴うので、ドライバーにお願いする私は、2重に罪深い。

一度、断ったら、
「ヘン!あんたなんか、車に乗ってえらそうにしてるけど、この先いいことがあるわけがない!」なんて言って、車を蹴飛ばして行った元気なオバちゃんがいて 「はい、そうです」(グスン)と心の中で思ってしまいました。
ちょっと前までは、倒れそうな表情でうつむきがちにしていたのに・・

私が子供の頃は、日本にも乞食がいたけれど、座って待つタイプで、そんなに積極的じゃありませんでしたね。そこをただ通り過ぎるだけでも罪悪感を感じるんですよね。
いつからか、そんな姿が全くなくなりましたね。
募金箱の前も、通り過ぎるたびに感じますよね。罪悪感(ため息)

派手に箱物を作る前にやるべき事はたくさんあると思うのですけどね。いつまでもNGOじゃないでしょうに・・と最後は、国に当たるんですけど。
いただく側の姿勢の違いは喜捨が当たり前のイスラム社会ならでは、でもないですね。お隣はヒンドゥ教ですものね。

Posted by: mitaat 2005年04月28日 07:07

これから路上生活者受難の時期ですね。雨季になると彼らは住むところがない。こういう人達がまた増えるのは悲しいことです。

Posted by: ちゃぱなんat 2005年05月02日 13:27

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