スバース・チャンドラ・ボース(Subhas Chandra Bose ,1897年1月23日 - 1945年8月18日)はインドの急進的独立運動家、自由インド仮政府国家主席兼インド国民軍最高司令官。ベンガル人。ネータジー(指導者)の敬称で呼ばれる。(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
ベンガルの偉人として頭に浮かぶ人は、アジア初のノーベル文学賞受賞詩人ロビンドロナート・タゴールに次いで、インド国民軍創設者、「ネタジー」・スバシュ・チャンドラ・ボースではないでしょうか。
ボースは、日本軍と連携してインド独立を目指した志士であります。終戦直後の1945年8月18日に台湾で客死していますが、このインドの英雄の死を信じることのできない信奉者がインドには未だ根強くおります。そういう背景もあり、彼の遺骨は未だ東京は杉並区の連光寺に眠っており、インドへの里帰りは実現しておりません。
さて、ボースについて説明をしているときりがないので、もっとよく知りたいかたは、本稿下の関連リンクを見ていただくとして、今日は私ちゃぱなんがボースの眠る連光寺に墓参したときのことを書こうかと思います。
これまで、話には聞いていたけれど、まだ行ったことのなかった連光寺、とりあえずJR高円寺駅で電車を降りて、駅前の花屋さんで花束を買い、そこからタクシーで10分ほど走ったところにそのお寺はありました。折りしも桜前線上陸中でしたから、高円寺はとにかく桜満開で、なんとなく気持ちが高ぶる感じがしました。
寺自体は思ったよりこじんまりとしていて、門を入ると、いきなり真正面にチャンドラ・ボースの胸像があります。この胸像は、 戦後の混乱期にアジアの留学生50名の世話をしたとされ「留学生の母」といわれる江守喜久子さんの次女松島和子さんが寄贈されたもので、平成2年8月18日の45周忌の際に除幕式が行われたそうです。
さて、この日、たまたま住職がご不在だったので、ご家族の方に花束を預け、記帳してまいりました。
やはり、熱心な参拝者の方が今でもたくさんいらっしゃるようです。
過去にはインドの首相などの記帳も見られ、近年ではヴァジパイ首相も公式訪日の際に参拝しています。胸像の裏に石碑がありました。
可能であれば、今度は8月18日の慰霊祭のときにきてみたいものです。
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